WASPA PR動画

『WASPA』に注がれた想いと情熱

2015年11月、日本を五感で体験できるメイドインジャパンのスパ、『WASPA』が誕生した。構想15年。「日本でしかつくれない、世界にひとつだけのスパ」の実現を目指し、代表の下村が温め続けてきた計画が具体的に動き出したのは、2015年4月のことだった。すでに下村以下、幹部たちが中心となってハードは用意されていたが、そのハードの上に成り立つソフトを具現化し、新ブランドに息を吹き込んだのは、各部門の現場を担う社員たちだった。

Phase01:ブランドの方針を立てる。

Project Member
津布工 佳奈
営業統括部 エリアマネージャー
2006年入社
コンシェルジュから、キャリアをスタート。『WASPA』立ち上げのプロジェクトリーダーとして、下村の想いを代弁。その構想を具現化していくべく、セラピストの人選にはじまり、メニュー開発、PR戦略、店舗運営にいたる全てを、現場責任者として指揮した。
日本特有の「美と健康の秘訣」の追求。

津布工は、下村の話に耳を傾けた。立ち居振る舞いに見られる日本女性の美、武道・茶道・禅の根幹に流れる心の安定と浄化、自然を取り込んだ癒やしの力ー。こうした日本特有の「美と健康の秘訣」を追求できれば、自ずと「世界にひとつだけのスパ」が実現される、と。津布工は、当時をこう振り返る。

「内容としてはとても共感できるものばかりでした。でも、話が壮大すぎて、どうプロジェクトを進めていけばいいのか、当初は途方に暮れるばかりでした」

だが、津布工は考え続けるなかで、自分がやるべきことが見えてきた。店舗づくりに関しては下村が、用いる粧材に関しては商品開発チームが、それぞれ構想段階から準備してきた。技術に関しては、自社に十分な素地が養われていた。「あとはいかにして、新ブランドの特徴をお客様にお伝えするかだ」と。

新ブランドの価値を
伝えられるセラピストを。

津布工の仕事は多岐にわたったが、もっとも力を注いだのがセラピストの人選と指導だった。
「礼儀、尊敬、丁寧さ、おもてなし。日本古来の『こころ』を体現できるセラピストを探しました」
そこで津布工は、上級資格を持ったマスタークラスからの人選に際し、茶道・華道・香道など日本の伝統芸能を学んでいることを条件とした。そして重視したのが、新ブランドを自ら育て、広めていくという揺るぎない信念を持てるかどうかー。こうして5人のスタッフを選抜するのだが、津布工の指導はユニークだった。彼女たちに日本各地の魅力を伝えられる「観光大使」となることを求めたのだ。
「『WASPA』の特徴を考えるほどに、ここは日本の縮図であるべきだと考えたからです」
津布工の人選と、こうした考えが、新ブランドの進むべき方向性を決定づけた。

Phase02:メニューを開発する。

Project Member
加茂 清香
教育部 トレーナー 
2013年入社
技術スタッフへの指導を担う教育部に在籍。本プロジェクトにおいては、トリートメントメニューの開発を担ったほか、津布工が中心となって制作したPR動画において施術シーンを実演した。ミス・パリ・グループの技術水準を保つエキスパートの一人。
どれだけ日本を五感で体験いただけるか。

新ブランドのメニュー開発のポイントを、加茂は次のように解説する。
「日本を五感で体験いただくために、各地の特産を用いた内容とすることを目指した点です」
とくに加茂のイメージをかき立てたのが、商品開発チームが手がけた各種粧材だったと明かす。スクラブは瀬戸内海の塩に蜂蜜を混ぜたハニーソルト、オイルは伊豆大島産椿油と大分産ハーブをブレンド、クリームは職人の手仕事によって作られた金沢産の金箔を含有、パウダーは世界遺産・富岡製糸場の御膝元である本場の富岡産シルクをミックスー。各地の最高品質の原材料が使用されていた。そこで自社の技術をベースに、ボディトリートメントについては〈塩スクラブトリートメント〉、〈和のアロマヒーリング〉、〈富士山ホットストーンセラピー〉と順調に開発。ただ、最後の〈青竹セラピー〉で加茂は苦戦したと話す。

月のリズムを採り入れた〈青竹セラピー〉。

「国産竹を道具として使用できないかと考えました。ヨーロッパのリンパマッサージやタイのストレッチ、ハワイのロミロミ(筋肉ほぐし)のようなものを、青竹を使って実現できないかと。辿り着いたのが、日本古来の手技である指圧の体感を残したトリートメントでした。竹を使い、押して、叩いて、伸ばしてといった具合です」

ところが実際に試してみると、力の加減が分からない、竹が骨に当たると痛いが技術者の手に感じないから分からない、リズムが分からない……。加茂は教育部のメンバーたちと何度もディスカッションし、互いに施術とモデルを交互に繰り返しながら、技術を磨き上げた。最終的には、1分間に58拍という月のリズムで気の流れを整える繊細な手法へとブラッシュアップ。厳選を重ねた長岡の「青竹」を1,000年続く世界遺産・京都醍醐寺に持参し、健康長寿の祈祷を受け、健康への祈りを込めた。こうして独自の〈青竹セラピー〉が完成した。

Phase03:存在を国内外に伝える。

Project Member
中山 めぐみ
広報宣伝課 PR担当
2013年入社
人事課で採用を担当後、『WASPA』グランドオープンに向けて広報宣伝課に抜擢。主に紙媒体、Web、SNSを通じたPR活動を担う。とりわけ日本を訪れる外国人旅行者に向けて積極的に情報発信することにより、「美ンバウンド」というトレンドに繋げる。
七宝柄に込めた無限に広がる人の輪という願い。

中山は日・英・中の3ヵ国語によるリーフレットを制作。こころを砕いたのが、ロゴの作成だった。
「日本らしさを伝えるとともに、『WASPA』を世界に広めるものとしたいと考えました」
着目したのが、サロンを彩る組子細工の七宝つなぎ。円が重なり合って連続するように、人の輪が無限に広がるイメージを重ねた。中山はブランドロゴを完成させると、プレス発表会の準備に取りかかった。

「ビューティーアンバサダーの任命式を行うことで、話題性を高める工夫をしました」
企画が功を奏し、300近い媒体に取り上げられた。しかも同時進行で、ミス・インターナショナル世界大会に出場したミスたちに、『WASPA』を体験してもらう手筈も整えた。
「彼女たちの影響力は大きく、その様子なり体験談がSNSで広まれば、と考えました」

「美ンバウンド」の象徴として海外に知られる。

中山の狙いは当たった。「Amazing!」。ミスたちが技術を体験した様子をSNSなどで配信すると、『WASPA』の存在は外国人たちの間に広まる。その動きは当然、日本のメディア関係者にも注目され、「美」と「インバウンド」をかけた「美ンバウンド」という造語とともに紹介された。すると海外メディアからも取材が殺到、『WASPA』の存在は瞬く間に世界へ配信されることになった。中山は話す。

「大量の情報が行き交う現代社会においては、『WASPA』を知っていただくきっかけとなる媒体やツールも様々です。それだけに『社内コミュニケーション』が重要でした」
それというのも中山は、プロジェクトのキーパーソンたちにヒアリングを重ね、消費者目線で新ブランドの魅力を客観視。誰にどういう情報を届けるかを、つねに整理していた。

Phase04:ブランド価値を体現する。

Project Member
矢野 めぐみ
営業部 セラピスト
2013年入社
自らのダイエット経験により生じた自身の変化に驚き、大学在学中にミス・パリ・ビューティ専門学校に通いエステティシャンに。持ち前の明るさと元気が、本プロジェクトにおいてサロンの求心力となる。現在はセラピストのかたわら、営業担当として得意先をまわる。
最上空間で提供する最上のおもてなし。

矢野は『WASPA』のセラピストにアサインされた時の心境を、次のように明かす。
「スパの概念もよく分からず、未知の領域への異動に、不安と戸惑いを覚えました」
しかし完成間近の店舗を目の当たりにし、矢野は驚いた。匠が手作業で造り出す組子細工を施したレセプション、数寄屋風の茶室、天井の和紙から透ける優しい明かり、その明かりが照らす磨き込まれた黒御影石……。そこには日本の最上空間が現出されていた。

「すぐに理解しました。最上の技術提供は当たり前、要はいかにしてお客様に日本の魅力を感じてもらい、その魅力を自分たちの言葉で語れるか。これがミッションであり、新ブランドの価値に繋がると」
矢野たちは新メニューの技術を習得する一方で、各地の特産品や文化について情報をインプットした。

日本が抱える社会問題も解決できる。

実はサロンはオープンしてからしばらくの間、来客数ゼロの日が続いた。だが、矢野たちに不安はなかった。その魅力は体感してもらえれば分かってもらえると信じていたからだ。そこで矢野らセラピストたちも、広報活動や営業活動を展開。国内外からお客様が少しずつ来店するようになって以降は、日増しにその数も伸びていき、中東のとある女王がお忍びで来店するまでとなった。何よりプロジェクトメンバーたちを喜ばせたのは、海外にまでリピーターを抱えるようになったこと。『WASPA』を起点にし、ここから日本各地への旅に出る人が増えているのだ。矢野は笑顔で語る。
「私たちは健康寿命を延ばし、地方創生の一助にもなれる。もしかしたら、日本が抱える社会問題を解決する一つの糸口となれるのではないか。チームの士気は高まっています」

高齢化社会が進む日本において、アクティブシニアを増やし、観光を通じて地域を活気づけることは、この国の未来を明るく照らすことへと通じる。『WASPA』はそうした取り組みの起爆剤となるはずであり、『WASPA』を一つの産業へと育てることは、社会の希望へと繋がるはずー。これがプロジェクトメンバーたちの総意であり、成し遂げたいと願う夢でもある。目指すは、日本を元気にすること。

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ENTRY 2017卒